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東京家庭裁判所 昭和41年(家)4793号 審判 1966年6月08日

国籍 アメリカ合衆国 住所 東京都

申立人 ロバート・ビー・マーフィ(仮名)

国籍ならびに住所 申立人に同じ

右法定代理人父 チャールス・エス・テーラー(仮名)

国籍ならびに住所 申立人に同じ

右法定代理人母 マドレーヌ・エル・テーラー(仮名)

主文

申立人の氏(surname)「マーフィ」(Marffy)を「テーラー」(Taylor)に変更することを許可する。

理由

一  申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、

(1)  申立人は、昭和四一年四月一八日東京家庭裁判所の養子縁組許可の審判(昭和四一年(家)第二八二一号)によつて、チャールス・エス・テーラー、マドレーヌ・エル・テーラー夫妻の養子となつたものであるが、養親の氏と異なつた氏を称していることは、色々の面において支障があるので、申立人の氏を養親の氏と同一に致したく本件申立におよんだ。

(2)  氏名の変更については、法例に特段の規定はないが、本人の本国法によるのがもつとも妥当であると解され、申立人はアメリカ合衆国カリフォルニア州において出生したのであるが、養子縁組により、養親のアメリカ合衆国内における本源的住所(domicile)たるニューヨーク州に本源的住所を有するに至つたのであるから、本件についてはニューヨーク州法が準拠法となる。

(3)  ニューヨーク州法によれば、アメリカ合衆国における他の多くの州法と同様に、氏名の変更については、コンモン・ローの適用があるとともに、制定法により裁判所の許可をえて氏名を変更することもできることになつている。

というにある。

二  東京家庭裁判所昭和四一年(家)第二八二一号養子縁組許可事件記録および申立人法定代理人チヤールス・エス・テーラーに対する審問の結果によれば、

(1)  申立人は、一九六六年(昭和四一年)三月七日にチャールス・エス・テーラーおよびマドレーヌ・エル・テーラー夫妻に引き取られ、昭和四一年四月一八日東京家庭裁判所の養子縁組許可の審判により、上記夫妻の養子となり、爾来肩書住所において同夫妻により養育されていること。

(2)  養子縁組の効果についての準拠法であるニューヨーク州法においては、アメリカ合衆国の他の州法と同様に、養子縁組により当然に養子が養親の氏を称することにならないのであるが、申立人の氏を養親の氏に変更することに支障となる合理的な理由は何等存しないのみならず、かえつてこのまま申立人が養親と氏を異にしておくと養親の申立人に対する監護養育の面において色々と支障が生じ好ましくないこと。

を認めることができる。

三  上記認定事実によれば、申立人は、アメリカ合衆国人であるが、東京都内に住所を有しているので、日本国裁判所が、本件について裁判権を有し、かつ、当家庭裁判所が管轄権を有することには明らかである。

四  本件氏の変更に対する準拠法について考察するに、養子の氏(姓)の問題は、法例第一九条二項(養子縁組の効果)によるべきか、第二〇条(親子間の法律関係)によるべきか、子の人格権の一部として子自身の本国法によるべきか学説上争いがあるか、当裁判所は養子と養親との間の法律関係の問題として、法例第二〇条により父の本国法によると解するのが妥当であると思料する。

ところで父の本国法であるニューヨーク州法によると、養子決定をする裁判所は、養子の氏名を変更するについて合理的な反対の理由がないと思料する場合には、養子の氏名を養子縁組契約書に記されている氏名に変更することを命ずることができ、爾後養子をその氏名をもつて呼ぶことが認められている(Domestic Relations Law 第一一四条)。したがつて、上記認定の如く、本件申立人の氏を養親の氏に変更することに何等支障となる合理的な事由が存せず、かえつて、このまま申立人の氏を異にしておくと、養親の申立人に対する監護養育の面において色々と支障の生ずることが予想される本件においては、上記準拠法によれば申立人の氏を養親の氏に変更することは認められて然るべきである。

五  しかしながら、日本国民法においては、養子縁組の効果として、養子は当然に養親の氏を称することになるため、家庭裁判所は、家事審判法によつて、本件の如き場合に養子の氏を養親の氏に変更する権限を与えられていない。このように、他国の実体法が準拠法となるのに、自国の実体法との相違により、裁判所がこれを適用実現する手続法上の権限を有していない場合、いかに処置すべきかは、国際私法上極めて困難な問題であるが、当裁判所は、かかる場合にはその有する手続法上の権限のうちで、他国の実体法を適用実現する手続法上の権限と類似するものがあれば、その権限によつて他国の実体法を適用実現するほかないものと解する。

この見解によつて本件をみると、ニューヨーク州法における養子決定の際の養子の氏変更の制度は、日本民法における子と親との氏が異なる場合の子の氏変更の制度に類似する点から、ニューヨーク州裁判所の有する養子決定の際の養子の氏変更の権限は、わが国家庭裁判所の有する子の氏変更許可の権限に類似するものと考えられるので、本件においては、当裁判所は子の氏変更許可の権限によつて、養子決定の際の養子の氏変更を認めるニューヨーク州法を適用実現することとし、したがつて、本件申立人の氏(surname)「マーフィー」を養親の氏「テーラー」に変更することを許可すべきものと解する。

よつて本件申立は理由があるので、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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